経済学と哲学の交叉点に身を置いて、社会の現実に鋭くせまろうとした若きマルクス。 青年期の輝くような、そして生き生きと躍動する思考の瑞々しさが、明晰な訳文で鮮やかに再現される。
勃興する資本主義を鋭く分析・批判し、のちに『資本論』に結実する経済学的思考。そしてヘーゲル批判から発し、労働の意味を肯定的に捉え直そうとする哲学的思考。この二つの思考が交わるところで、青年マルクスは革新的な思想を打ち立てた。
「学生時代に"初期マルクス"ということばをよく耳にした。著作としては「ユダヤ人問題のために」や「ヘーゲル法哲学の批判・序説」や「経済学・哲学草稿」(「草稿」というより「手稿」といわれるほうが多かったように記憶する)や「ドイツ・イデオロギー」などが初期マルクスだった。
1950年代から60年代にかけての政治の季節のこととて、マルクスといえば、なによりも髭もじゃの革命思想家のことだったが、初期マルクスというと、共産主義者として立つ前の、現実と思想的に格闘する初々しい青年像が思いうかぶようだった。安保闘争の高揚期にそんな余裕はなかったが、潮が引いたあとでは数人で集まって初期マルクスの読書会を催したりもした。
が、初々しいイメージとは裏腹に、初期マルクスの著作はどれも読みやすくなかった。論旨を性急に政治革命に結びつけようとするこちらの読みかたにも問題があったが、それ以上に、マルクスの文章がぎくしゃくし、論がなだらかに前へと進まないのが読みにくさの原因だった。読書会は翻訳書をテキストにしていて、訳文のぎこちなさに困惑したが、のちにドイツ語原文にも当たるようになって、原文が原文でこれまた読みすすむのに難渋することが分かった。初期マルクスの著作は、完成稿・未定稿を問わず、一様に、「心あまりて、ことばたらず」といったところがあるのだ。
その感じはいまも変わらないから、そのうちの一書を訳す仕儀になったのはわれながら奇妙なめぐり合わせだったと改めて思う。......
カール・マルクス Karl Marx |
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[ 1818 - 1883 ] ドイツ(プロイセン)の哲学者・経済学者・革命家。思想家として現代にもっとも深い影響を与えた。「独仏年報」誌に「ヘーゲル法哲学批判・序説」「ユダヤ人問題のために」を発表。本書で私有財産の哲学的解明と労働疎外の問題に取り組んだのち、『経済学批判』『資本論』で資本主義の矛盾を鋭く分析、批判。20世紀の社会主義革命の思想的な礎を築いた。私生活ではつねに窮乏にあえぎ、相次いで幼い娘・息子を亡くすなど不遇をかこったが、親友エンゲルスの経済的援助を受けながら意欲的な執筆活動を続けた。1883年3月没。のちにエンゲルスが『資本論』第2、3巻を編集・刊行した。 |
[訳者] 長谷川 宏 Hasegawa Hiroshi |
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1940年島根県生まれ。東京大学文学部哲学科博士課程単位取得退学。哲学者。著書に『高校生のための哲学入門』『新しいヘーゲル』『丸山真男をどう読むか』『いまこそ読みたい哲学の名著』『生活を哲学する』『ことばをめぐる哲学の冒険』など。主な訳書に『精神現象学』『歴史哲学講義』『法哲学講義』『美学講義』(以上、ヘーゲル)、『経験と判断』(フッサール)、『芸術の体系』(アラン)などがある。 |