「病人から出て豚のなかに入る悪霊ども、これは何世紀にもわたって、ぼくたちのロシアに積もりにつもったすべての疫病、ありとあらゆる不浄の輩、あらゆる悪霊ども、その子鬼でもあるんです!」(本文より)
街はいよいよ狂乱に向かって突っ走りはじめた。まずは県知事夫人ユーリアの肝いりによる「慈善パーティ」で、何かが起こる気配。その背後では着々と陰謀が進行し、「五人組」の活動も風雲急を告げる。ワルワーラ夫人とヴェルホヴェンスキー氏、スタヴローギンとリーザの「愛」の行方は? 〈全3巻+別巻〉
『悪霊』は、「われらが敬愛する」ステパン・ヴェルホヴェンスキー氏の伝記から書き起こされ、一日違いで死ぬ二人の死の場面で幕が閉じられる。この構図が『悪霊』のすべてを物語っている。では、登場人物の三分の一が滅び去るというこの物語に、ドストエフスキーはどのような展望があると考えていたのか。わたしの『悪霊』理解は、その問いに十分に答えられるだけの深さにまで辿りついていない。
『悪霊』のドストエフスキーは、いっさいの妥協を許さなかった。『悪霊』の最後を読むと、『罪と罰』のフィナーレがいかに甘いものであったか、それが作家本来の悲劇的な感覚といかの異質なものであったかがよく理解できる。『白痴』のラストがそうだが、ドストエフスキーは『悪霊』においても、みずからが構築しようとする世界を徹底して突きはなすことを心がけた。そのようにして、はじめて、ほかのどの小説にもない、「人間喜劇」としてのすばらしくヒューマンな物語ができあがった。
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー Ф. М. Достоевский |
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[ 1821 - 1881 ] ロシア帝政末期の作家。60年の生涯のうちに、以下のような巨大な作品群を残した。『貧しき人々』『死の家の記録』『虐げられた人々』『地下室の手記』『罪と罰』『賭博者』『白痴』『悪霊』『永遠の夫』『未成年』そして『カラマーゾフの兄弟』。キリストを理想としながら、神か革命かの根元的な問いに引き裂かれ、ついに生命そのものへの信仰に至る。日本を含む世界の文学に、空前絶後の影響を与えた。 |
[訳者] 亀山郁夫 Kameyama Ikuo |
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1949年生まれ。名古屋外国語大学学長。東京外国語大学名誉教授。ドストエフスキー関連の研究のほか、ソ連・スターリン体制下の政治と芸術の関係をめぐる多くの著作がある。著書に『新カラマーゾフの兄弟』『謎とき「悪霊」』『磔のロシア』『熱狂とユーフォリア』『ドストエフスキー父殺しの文学』『「悪霊」神になりたかった男』『大審問官スターリン』『ドストエフスキー 共苦する力』ほか多数。訳書に『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』『白痴』『賭博者』(以上、ドストエフスキー)ほか。 |