「かつてオールド上海に、華麗な文体と巧みな構成による恋愛小説を引っ提げ、彗星のごとく登場した作家がいた。その名は張愛玲(チャン・アイリン)、英語名をEileen Changという」(解説)。魯迅と並び20世紀中国文学を代表する張愛玲の珠玉のラブストーリとエッセーを収録。
離婚後、没落した実家に戻っていた白流蘇(パイリウスー)。異母妹の見合いに同行したところ英国育ちの青年実業家に見初められてしまう「傾城の恋」。封鎖中の路面電車のなかでの男女の行きずりの恋を描いた「封鎖」。占領下の香港と上海が舞台の恋物語と自伝的エッセー「戦場の香港」ほかを収録。
張愛玲(ちょうあいれい、1920~95)は魯迅と並ぶ現代中国文学の源流でして、共に伝統中国の腐蝕と西欧近代の酷薄に鋭い視線を投じました。但し作風は大いに異なり、魯迅がたとえば短篇小説「故郷」で貧しい農民閏土(ルントウ)への深い共感と、語り手「僕」というインテリ都会人の軽薄さを、暗い村の風景の中でシンミリと描き出すのに対し、彼女は代表作「傾城(けいじょう)の恋」で上海の没落資産家の出戻り娘がイギリス華僑のプレイボーイを相手に繰り広げる大恋愛を、ゴージャスなコロニアル香港を舞台として華麗に描くのです。都市と農村、女性と男性、上流・中産と貧困・底層......と両作家の語りの視点は大きく異なっています。思想性の濃い魯迅文学とエンターテインメント性も併せ持つ張愛玲文学と対照することもできるでしょう。
張愛玲 Eileen Chang |
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[ 1920 - 1995 ] 上海で祖父は政府高官で祖母は李鴻章の長女という大家族のもとで生まれ育つ。アメリカのミッション系小学校に編入し、張煐からに改名。ロンドン大学への留学を希望するが父の猛烈な反対にあい、日本軍の上海侵攻も重なり断念。1939年に香港大学入学。実家の経済状況が悪化し退学。文筆活動を始め、エッセー、短編小説が評判となる。1944年発表の小説『伝奇』が発売4日後で売りきれるという大ベストセラーになり、作家としての名声を不動のものとした。1955年にアメリカに移住。1960年に市民権を得て、生涯中国には帰らなかった。『赤い恋』『農民音楽隊』ほか著作多数。 |
[訳者] 藤井省三 Fujii Shozo |
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1952年生まれ。現代中国文学者。1991年魯迅研究により文学博士。著書に『魯迅事典』『魯迅「故郷」の読書史』『村上春樹のなかの中国』。訳書に『魯迅全集・第12巻「訳文序跋集」』(共訳)、『酒国』(莫言)、『神樹』(鄭義)、『夫殺し』(李昂)、『故郷/阿Q正伝』『酒楼にて/非攻』(魯迅)ほか多数。 |
書評 | |
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2020.11.29 読売新聞 | 「文庫×世界文学 名著60」愛の記憶〈8〉(藤澤太郎さん) |