「読書会」と聞いて、みなさん、どんなものを想像しますか? 今夏、京都でとてもユニークな読書会「STORYVILLE」が開かれました。
「そこに行けば、物語が待っている。そこに来る人みんなが"物語村"の村人」との意味をこめた名前で、アメリカ文学・文化に詳しい文芸評論家の新元良一さんが、教鞭を執る京都造形芸術大学の学生と一緒に立ち上げたものです。
京都の町は繁華街の真ん中でも、通りを一本裏に入っただけで、とても静かになります。そんな一画にある極楽寺で、第1回「STORYVILLE」は開かれました。
今回取り上げたのは、トルストイ『イワン・イリイチの死』(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫)。
会が始まる午後7時、畳敷きの本堂で、天井から吊り下げられた金色の飾りの下に、司会の新元さんとパネリスト4人が並びました。
法事のときなどに参列者が坐る椅子席を埋めた参加者からは、パネリストたちの奥に本尊が見えます。
お寺でロシア文学?! と違和感を覚えるかもしれませんが、「死」を扱った本について、その名も極楽寺で語り合うというシチュエーションがすばらしい! 扇風機がゆっくり回る夏の夜、20人ほどの参加者が、パネリストたちの話に熱心に聞き入りました。
『イワン・イリイチの死』は、家庭を顧みず出世街道を登りつめてきた中年男イワン・イリイチが主人公。金や名誉を得ることで自分は成功者だと思ってきた彼は、謎の病にかかったことで、それまでの人生に疑問を抱く。病気は悪化する一方だが、医者たちはイリイチがほしい答えを言ってくれない。自分は死んでしまうのか? 「人は必ず死ぬ」自分にそれが起こることがイリイチには受け容れられない。これまで言い争いばかりで疎ましく思ってきた妻は健康で、娘も自分を理解してくれない。だが、下男のゲラーシムだけは嘘偽りのない態度で接してくれ、心が安らいだ。また、心から涙を流してくれる息子が不憫でならない。やがて、死を目前にしたイリイチがたどり着いた心境は......。
20代の学生からは、「主人公はエリート・コースを歩んできたけど、これがほんとに順風満帆といえるの? なんだか器がちっちゃいと思った。でも、初め否定していたもの=死に対して和解することで物語は終わっていて、絶望の書ではないと思う」と率直な感想。
4人の子どもを持つ主婦は、「生と死のリアルさを感じた」「息子とのちょっとしたふれあいがあってこそ、この人は人生を全うできたのだと思う」と、人生経験を重ねた者ならではの思いを語ります。
もう一人の学生は、「イリイチが求めていたのは最初は名声だけど、最後は裸の、本当の自分だったのだと思う」と、こうあらねばならないという枠を外すと楽になったという、大学進学時の実体験を踏まえて話します。
50代の男性は、「暗いテーマだけれど、妻と不仲なところなどリアルで笑える。死が視野に入ってくる年齢になると、主人公の器の小ささも理解できる。こういう人間は、日本人にもいっぱいいるよなぁと感じる」と、また違う観点からの感想が出てきました。
年齢や職業など背景が異なる人が集まって、それぞれの思いを語り合う読書会は、本への意外な視点の発見があります。本の読み方に決まりはありません。読み手の数だけ、切り口があっていいと思います。
1冊の本を読んで広がった世界が、またさらに広がる読書会。このような場が増えれば、人と本の関わり方が、より豊かになっていくのではないでしょうか。
■京都造形芸術大学 芸術表現・アートプロデュース学科 WebSite
イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ
トルストイ 作/望月哲男 訳
定価660円(税込み)