帯に「36歳のソクラテスが論敵プロタゴラスに挑む!」とあるように、本書の新訳では、ソクラテスは哲人というよりは、いかにも30代の若者らしく描かれており、古代ギリシャという過去を感じさせない、大変親しみやすい身近なものになっています。
プロタゴラスは、当時のギリシャでは名の通ったソフィスト、要するにインテリで、"私の言うことを聞けば賢くなるぞヨ"といかにも立派な風体です。それに若いソクラテスが論戦を挑むわけですが、これがなかなか詭弁というか、短いスピーディな理詰めの問答で、相手を困らせていくというものです。
その白熱する論戦が面白い。ちょっと水掛け論みたいにも見えるのですが、ボクサーどうしが本気で殴りあうかのような真剣勝負。それでいて、相手に対する敬意を忘れていない。ヨーロッパ文化における議論の原点を見るような印象があります。
本書でテーマになっているのは、人間の「徳」とは何か、それを本当に人は人に教えることが果たしてできるのか、という問題です。結論は出ません。が、その議論のプロセスはスリリングで、啓示に満ちています。この議論のプロセスから、私たちは、自分の思考を育てることができるような気がします。そんな豊かな土壌が本書にはあると思いました。