2011.07.05
《書評》『マウントドレイゴ卿/パーティの前に』– 読売新聞 2011年6月22日
木村政則氏の新訳で注目すべきは会話のたくみさである。人々の機嫌、声の伸びやかさ、震えなどが、地の文を読まずとも伝わってくるようなおしゃべり。モームは「人の裏面を書きすぎる」と批判されたらしいが、彼がもっとも大事にしたのは人々が集まり、生きていれば、どうしたって発生する熱気ではないか。残酷なラストを持つ作品でも、しーんとしない。どこからか、がやがやと人が集まってきて、この事態についてああでもないこうでもないとおしゃべりし合いそうな空気感がある。モームはけっして厭世的ではない。人生は続く、ということを信じていたのではないかと思う。