産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第41回をお届けします。
プルーストと暮らす日々 41
女友達から見せられた英国製のアルバムに附いていた英語の「質問帖」に、十四、五歳のプルーストが答えた記録が残っている。繊細で知的な思考がよく反映されたその回答はすこぶる有名で、フランスでは『百人の作家が答える《プルースト質問帖》』なる本まで出ている。以下、その質問とプルーストの回答をいくつか紹介してみたい。
「あなたの考える最大の不幸とは?」お母さんから離されること(これはいかにもプルーストらしい)。
「どんな欠点にもっとも寛大ですか?」天才たちの私生活に対して。
「あなたが好ましいと思う男性の美点は?」知性、道徳観念。
「あなたが好ましいと思う女性の美点は?」優しさ、気取りのなさ、知性。
「好ましい美徳とは?」何らかの主義に特有のものではないあらゆる美徳。普遍的な美徳。
「あなたが嫌いなのは?」良いものを感じ取ることができない人々、愛情の喜びを知らない人たち。
「現実の中で好きな女性は?」ふつうの女性の生活をしている天才的な女性。
これらの回答のいくつかに見られる早熟ぶりには驚くしかないけれど、深い哲学的思索にも満ちた『失われた時を求めて』の作者の少年時代であれば当然なのかもしれない。
二十一歳の時にもプルーストは同じ質問帖に答えていて、それらを比べてみると、さまざまな変化が見られて興味深い。
たとえば、好きな色はと訊かれて「すべての色」と答えていた少年時代に対して、成人したプルーストは「美は色そのものにあるのではなく調和の中に存在する」と書き、好きな花はという問いに対して「わかりません」と答えていたのが「あのひとの花。そしてすべての花」と記す。好ましい男性の美点は「女性的な魅力」、女性の美点は「男性的な美徳と友達づきあいにおける率直さ」と答えるあたりは、作品の人物造形にも繋がっているだろう。
他愛ないと言えば他愛ない質問帖だが、ここにも確かにプルーストがいる。
(2012年3月1日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)