産経新聞(大阪版)の夕刊文化欄で連載中(毎週木曜日掲載)の高遠弘美さん(『失われた時を求めて』『消え去ったアルベルチーヌ』の翻訳者)「プルーストと暮らす日々」の第46回をお届けします。
プルーストと暮らす日々 46
フランス中部の大都市リヨンから地中海に向かって南下してゆくと、百キロほど行ったところに、人口七万弱の中都市ヴァランスがある。「南仏への扉」とも言われるくらい温暖で風光明媚(ふうこうめいび)な古い町である。
そこには十六世紀から二十世紀の美術品を集めた瀟洒(しょうしゃ)な美術館があるのだが、二〇一〇年から修復のためにしばらく休館になっている。リニューアルは二〇一三年だという。
その美術館を代表するのが、地元の素封家が寄附をした十八世紀のフランスの風景画家ユベール・ロベールの作品群である。プルーストも『失われた時を求めて』で何度か言及している。
パリで生まれたユベール・ロベール(一七三三~一八〇八)はイタリア留学中に古代の彫像や建築や廃墟が醸し出す美しさに目を開かれ、想像上の古代の情景や廃墟の姿を眼前の自然と組み合わせて、夢幻的と言える風景画を生み出した。一方、人工の洞窟や滝を配した庭園設計にも才能を発揮して、「国王の庭園デザイナー」と呼ばれた。
第一篇「スワン家のほうへ」から引いてみよう。月光に照らされた建築物があたかも廃墟さながらに変容する幻想的光景である。
「それぞれの庭では、月光が、ユベール・ロベールの絵のごとく、崩れかけた白い大理石の階段や噴水、半開きの鉄柵を撒(ま)き散らしているかのようだ。月光は電信局をも破壊してしまった。もはや、半ば折られた柱一本しか残っていない。だが、そこには不滅の廃墟の美しさがあった」
ユベール・ロベールの多くの絵には、この「不滅の廃墟の美しさ」がある。
休館中のヴァランス美術館のユベール・ロベールコレクションを中心に企画された展覧会が五月半ば過ぎまで東京・上野の国立西洋美術館で開かれている(その後、福岡と静岡に巡回)。
日本で初めてのユベール・ロベールの本格的展覧会である。ニーチェが愛したクロード・ロランや、やはりプルーストが好んだピラネージも見られる。この機会にユベール・ロベールを見るために遠出をするのも愉(たの)しいのではなかろうか。
(2012年4月5日 産経新聞(大阪版)夕刊掲載)