2013.10.29

鈴木芳子さん講座「ショーペンハウアー『読書について』〜比喩の世界と翻訳の楽しみ〜」レポート

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7月23日、東京ドイツ文化センターで、アルトゥール・ショーペンハウアーの哲学の世界を、翻訳家の鈴木芳子さんが、『読書について』をベースに、案内をするという講演会が開かれました。

その哲学世界は、強固に構築され、下手に触れれば、彼の痛烈かつ辛辣な言葉が返ってきそうですが、鈴木さんの原著と作者への愛情溢れる言葉に導かれて、楽しい見学ツアーとなりました。

導入部は、ショーペンハウアーと母ヨハナとのエピソード。当時の社交界の様子が生き生きと浮かび上がり、これが実に面白い!

ヨハナは、19世紀初頭のドイツの社交界では有名な婦人で、彼女が旅の思い出などを語ると、その面白さに皆が聞き入ってしまうという表現力豊かな人でした。そこで「旅行記を書けば」と薦められ、実際に本が出るとたちまち大評判に。以降、彼女は人気女流作家の地位を着々と築いていきます。

その間に、母子の対立は深まり、ヨハナは物書きとして、息子アルトゥールをライバル視するようになります。はたして軍配はどちらに?1830年ヨハナは作品集全24巻を刊行、ドイツで最も有名な女流作家として頂点を極めますが、1835年には早くも人気に陰りが見えはじめ、1838年に亡くなります。

鈴木さんはこう語ります。
「『読書について』では、ショーペンハウアーは流行作家をこっぴどくやっつけています。『書籍見本市の分厚いカタログを見て、早くも十年後にはもはやこの中の一冊も命脈を保っていないと考えると、泣きたい気持ちにならない者がいるだろうか』。この文を読むと、私はヨハナを想わずにいられません。」

こうした印象的な話を交えながら、凡百な物書きとはまったく違った天才ショーペンハウアーの人生と哲学が紹介されていきます。  

そして『読書について』。鈴木さんは、今度は自身の仕事である翻訳の話を織り込みながら、語っていきます。たとえば、この本でショーペンハウアーは「読むこと」「考えること」「書くこと」について書いていますが、翻訳とはこの3つの合わせ技なのだといいます。

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この哲学者の世界を語りつつ、翻訳の技・心がまえを語る鈴木さん。 「ショーペンハウアーは、読書とは他人の思考、心の運びをなぞることなのだといっていますが、翻訳とは、作者の精神の軌跡を旅すること、書き手の精神世界を共に生きることなのです」

「翻訳は黒衣(くろこ)。原著と原作者の素晴らしさを最大限伝えたい」「ものすごくキザな言い方ですが、翻訳はオリジナル・テキストから立ち昇る原作者の思いをそのまま運ぶ透明な風でありたい。原著・原文に対して『恋愛プラス母性』の気持ちでのぞみます」「訳出作業は、原文に対して『あなたを理解させて』という気持ちで行っています。そして解説を書く頃は、ほとんど母親のような気持ちで『なにがあっても、全力であなたを守るからね〜』と思っています(笑)」

こうした発言がどんどん出てくるのですが、ここはドイツ文化センター、翻訳を勉強している方も多いので、聴衆の皆さん非常に共感をもって聞いておられました。

最後はショーペンハウアーの文章の魅力について。その一つに、「本質を鋭く抽出する能力、端正で明快な文章」があるといいます。そして「考え抜かれた明快な思想は、ふさわしい表現をたやすく見つける。人知の及ぶものは、実際つねに明快でわかりやすく、疑問の余地のない言葉で表現できるものなのだから」というショ-ペンハウアーの言葉から、鈴木さんは彼の人間の知性に寄せる希望と信頼を感じ、「これを翻訳の応援歌にしたい」と語りました。

この講演会で、私たちは、哲学者の強固かつ端正な世界を経験すると同時に、案内する人=翻訳家の気概と熱意を知ることができたのでした。
[文 : 渡邉裕之・文筆家]

読書について

読書について

  • ショーペンハウアー/鈴木芳子 訳
  • 定価(本体743円+税)
  • ISBN:75271-2
  • 発売日:2013.5.14