6月27日(土)から、角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館で公開中のヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作『雪の轍(わだち)』。第67回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した本作の公開を記念して、「ロシア文学者・沼野充義氏が読み解く『雪の轍(わだち)』で描かれるロシア文学」と題したトークイベントが6月21日(日)紀伊國屋書店新宿南店で行われました。
トルコの巨匠ジェイラン監督初の日本劇場公開となる本作には、チェーホフの作品をモチーフに、監督が愛してやまないロシア文学の要素が存分に盛り込まれています。
『雪の轍(わだち)』を一足先に鑑賞した沼野氏は、「凄い映画だった。登場人物の会話を軸に物語が進んでいき、3時間16分という長尺ですが、最後まで飽きさせない。」と大絶賛。
本作がチェーホフをモチーフにしていることについて、「チェーホフは日本でも劇 作家として有名で、毎年チェーホフの作品が上演されていますが、本作でジェイラン監督がモチーフしたのは、「妻」、「善人たち」という短編です。チェーホフは、短編を数百本書いており、短編の世界的な名手ですが、この2作は一般にあまり知られていません。」とジェイラン監督がチェーホフマニアであることが明らかに。
「チェーホフだけでなく、ロシア文学を愛しているジェイラン監督だけあって、劇中いたるところにその要素がみられます。私としては、ドストエフスキーの色合いが濃いように感じていまして、裕福な主人公アイドゥンは、悪い人間ではないが、他人に関心 がない。貧しい民であるイスマイルという男は、困窮しており、無能だが、自尊心があるという登場人物たちの設定など、「カラマーゾフの兄弟」と「白痴」を基にしていると思います。」と語り、「人間の魂というものは不条理なところがあり、愛と憎しみなど 相反するものが同居しています。貧しいイスマイルが巨額なお金を恵まれた時、受け取るか、受け取らないか、せめぎ合う葛藤など、対立する、同居できないものを一緒にさせるというところもドストエフスキー的です。また、チェーホフとドストエフスキーはロシアでは神のような存在でして、二人の作品を融合させることができたのもトルコ人の監督だからこそだと思います」と力説した。
「その他にも、カミュやシェイクスピアも要素もありまして、主人公が経営するホテル名はホテル・オセロで、これはシェイクスピアの戯曲「オセロ」からきていると思いますし、劇中には「リチャード三世」の台詞も出てきます。元舞台俳優という設定の主人公の部屋には「カリギュラ」のポスターなどが飾られていますし、ジェイラン監督自身がシェイクスピアに思い入れがあるのではないでしょうか。」と語った。
今回日本劇場初公開を記念し、「トルコ映画の巨匠 ヌリ・ビルゲ・ジェイラン映画祭」が9月に開催も決定し、その映画祭に先立ち、公開直後の7月8日(水)に、ジェイラン監督作品の特別上映とレクチャー、トークを合わせたプレイベントの実施も決定しています。プレイベントと映画祭での上映作品で、ジェイラン監督の長編全7本が網羅できるという、またとない貴重な機会に!ぜひ足をお運びください。