2019.11.20

「字幕マジックの女たち 映像×多言語×翻訳」 Vol.3 福留友子さん〈韓国語〉番外編

本好きな少女、福留友子さんが、母からプレゼントされた韓国の少年の話『ユンボギの日記』でハングル文字を見つけたのは小学生の時。それから、さまざまな出来事、興味・関心を経て、韓国の映画やドラマの字幕翻訳者になった軌跡をエピソード1から3でご紹介してきました。福留さんは、11月から公開中の『国家が破産する日』に続き、2020年お正月公開映画『エクストリーム・ジョブ』の字幕翻訳もなさっています。
 番外編では、ご自身の韓国への関心を振り返りながら、悪化するばかりにも見える日韓関係、にもかかわらず冷めることのないこの国での韓国ブームについて、K-popをめぐる意外な体験、オススメの最新映画も含めて語っていただきました。

構成・文 大橋由香子

福留友子さんプロフィール

「字幕マジックの女たち 映像×多言語×翻訳」 Vol.3 福留友子さん〈韓国語〉2
ウズベキスタンのキジルクム砂漠を訪れた
大学院生の頃の福留さん。

ふくとめ ともこ  1969年5月1日生まれ。三重県立四日市高等学校を卒業後、東京学芸大学に進学。東京学芸大学大学院教育学研究科修了して、大手進学塾の専任教務社員に。映像翻訳会社で字幕翻訳スタッフとして働いた後、フリーランスで韓国語の字幕翻訳者として活躍中。

代表作は映画『冬の小鳥』『ハロー!?ゴースト』『ソウォン/願い』『バトル・オーシャン/海上決戦(原題:鳴梁)』『ベテラン』『華麗なるリベンジ』『ザ・キング』『リトル・フォレスト春夏秋冬』『麻薬王』『サバハ』、ドラマ『イニョン王妃の男(吹き替え)』『グッド・ドクター』『花郎<ファラン>』『SUITS/スーツ〜運命の選択〜』『スイッチ~君と世界を変える~』ほか。

에피소드(エピソード)1 ハングルとの出会いは、母からのプレゼント 

에피소드(エピソード)2 韓国との遭遇、そして「これで食べていく!」という決意

에피소드(エピソード)3 進学塾で働きながら翻訳への道を暗中模索、そこにやってきた韓流ブーム

番外編 湧き出てくる好奇心と興味の変遷

──福留さんは、最初は研究対象として、やがて字幕翻訳という仕事を通じて、日本と韓国の社会や文化、言葉に携わってこられました。両国の関係をどのように見てきたのか、お聞かせください。

福留 私が韓国に興味を持ったのは、この連載の2回目(エピソード2)に出てきたように、高校のクラスメートが在日韓国人だったことがきっかけでした。研究テーマに韓国を選ぶ際も、なんらかの形で在日の人たちへの差別などの問題を解決したい、日韓関係を良い方向に持っていきたいという動機がありました。

ところが大学生だった1991年ごろ、初めて韓国に行き、すごいカルチャーショックを受けたんです。日本人と韓国人は見た目や姿は似ていて、文化も似ているところもあるけれど、やはり違う! 似て非なるものだと衝撃を受けました。

その違いはどこから来るのか、好奇心と興味が湧き出てきたのです。そして、韓国の親族組織を対象にして、韓国社会の日本とは異なる側面を研究していきました。

社会に即、還元できる研究にも魅力を感じてはいましたが、当時は自分の知的好奇心を満たしたいという思いが先行していました。

とはいえ、私が所属していた東京学芸大学の朝鮮近現代史ゼミは、先生が馬淵貞利さんで、学生たちも日韓の問題の解決に向けて、社会に還元できる形での研究に真剣に取り組む人が多かった。今、従軍慰安婦問題の第一線で活躍している金富子(キム・プジャ)さんや、日韓条約に詳しい吉澤文寿さんが一緒のゼミ生でした。

──金富子さんは著書に『継続する植民地主義とジェンダー』(世織書房)や『植民地遊郭』(吉川弘文館、共著)がある東京外国語大学の教授、吉澤文寿さんは『日韓会談1965』(高文研)や『[新装新版]戦後日韓関係 国交正常化交渉をめぐって』(クレイン)の著者で、新潟国際情報大学教授ですね。馬淵貞利先生は『朝鮮史』(山川出版社)や『朝鮮人物事典』(大和書房)の編著者ですから、本当に濃いゼミだったんでしょうね。とはいえ、福留さんが院生だった1990年代、大学キャンパスはすでに、政治や社会問題から距離をおくのが普通になっていたのでは?

福留 時代はそうかもしれませんが、馬渕ゼミに限らず、韓国の近現代史の研究者であれば、社会的な問題意識があるのが当たり前でした。

「福留さんは、なんでそんな研究をしているの? 世の中の役に立たないじゃないか」という目で周囲から見られていて、すごく葛藤がありました。

しかも、私が専門にした文化人類学という学問は、そもそも先進国が「未開」社会を分析するという植民地主義の側面があります。私が韓国をみる視点も、遅れた国、後進国の研究をしているスタンスになってしまいがち。好きでやっていたものの、肩身が狭い思いをしながら勉強していたというか、常に後ろめたさや葛藤を抱えていました。

──研究の道に進まなかった背景のひとつには、そうした居心地の悪さもあったのですね。翻訳の仕事をするにあたって、どのように変化したのでしょうか。

福留 翻訳の仕事を始めた最初は、おこがましくも、<日韓の架け橋>になって一人でも多くの人が韓国に興味を持ってくれて、理解が深まってほしいと思っていたんです。高校生の頃からの気持ちが、違う形でまたよみがえったのかもしれません。

それが、約15年たった最近では、<単なる媒介者>と思うようになりました。「これは何と言ってるの?」と韓国語の意味を知りたい人に、手助けをするくらいの気持ちにトーンダウンしてきました。

──それはなぜでしょう。

福留 まずは、映画やドラマなど作品を制作する方々へのリスペクトからです。100%は無理だとしても、制作者の意図をくんで適切な訳語をセレクトしながら翻訳するのが私たちの仕事です。特定のイデオロギーを持って翻訳を進めると、制作者の意図を歪めてしまうことになりかねないからです。とはいえ、事実と異なることや根拠のないことをまことしやかに語っているような箇所については、ぼかさざるを得ないことが、まま生じますが……。

次に、私が気負って<架け橋>にならなくても、若い人たちは、自分でいいものを見つけてきて、自分で言葉を勉強して、受容しているのを見てきたからかもしれません。

──いわゆる韓流ブームの流れは、どう見ていらっしゃいますか。

福留 1990年代後半から、韓国ドラマのコアなファンは日本人にもいました。何かあったらブレイクするだろうという気配はありました。そのころの私は、まだ字幕翻訳の仕事はしていなくて、もっぱらドラマを観る側でしたが。

ですから、2003年ごろからの、中高年女性を中心とした韓流ドラマブームには驚きませんでした。『冬のソナタ』を始めとする当時のドラマは、むかし懐かしいベタな設定、しかも美男美女が登場するので、ある年齢層の日本人が好きになるのは予想できました。

ところが、K-pop を熱烈に支持する若い人が、こんなにも急増するとは、想像していませんでした。

2010年くらいから、「東方神起」などを中心にしたK-pop ブームが始まり、その後は韓国女性の化粧やファッションへの憧れ、食べ物などへの関心も含めて、韓国好きな若い女性が増えています。

これは、ひょっとすると、日本の歴史教科書の改定も一つの要因かもしれません。一度は教科書に掲載された従軍慰安婦問題など、韓国に関する日本の負の歴史が、教科書から削除される傾向になりました。そのおかげで、韓国に対してマイナスイメージのない世代が育ち、「韓国はイケてる、かっこいい」と捉える層が増えたのだと思います。韓国と日本の歴史について何も知らないし興味がない、だから「ネトウヨ」が主張するような「嫌韓」とは関係なく、K-popは人気があるのでしょう。

──2002年、サッカーのワールドカップ日韓共同開催で「嫌韓」が生まれたという見方もあるようですが、今から振り返れば、日本人と韓国人が実際の交流で仲良くなった側面もあったと思います。一方、大久保や川崎で「嫌韓」デモ、ヘイトスピーチが行われ、一時期は大久保も閑散としていました。「嫌韓」については?

福留 嫌韓というのは、身近な韓国人をスケープゴートにした、社会への不満のはけ口になっているのかなと思います。私も「ネトウヨ」と言われる、韓国や韓国人を叩く人たちの実態を知りたいくらいで、実際に会ったり話したりしたことはないのですが。

ネットで過激な右翼的な主張を書き込んでも、日常生活で嫌韓的な発言をするとは限らないのかもしれません。「韓国は嫌い」と言いながら、韓国料理は食べに行くみたいな。あるいは、日本を愛するから韓国を嫌うという、愛国心の表現のつもりなのでしょうか。

──日本を愛することとお隣の国も愛することは、矛盾しないで両立しますよね。

福留 この前、母と電話で話したら、「中国や韓国、嫌いなのよ」と言うんです。「なんで?」と聞くと「なんとなく」という返事。テレビのワイドショーばかり見ているみたいで、そうすると、「嫌中、嫌韓」の気分になってしまうんでしょうね。実際に自分が経験したことではなく、「韓国人はこう」というイメージで語っているんですね。

──『ユンボギの日記』をお母さんがプレゼントしてくれたのが、福留さんが翻訳者になる一つのきっかけだったのに……。

福留 今の日本は、民主主義の危機だなと感じます。韓国人の悪いイメージがメディアやネットを通して作られていくことも怖いですが、それを国が煽ったらダメですよね。地理的にも近く、経済的にも政治的にも関係の深い韓国とは手を携えていくべきだと、翻訳者としても一個人としても思います。

最近はYou Tubeなどで海外の音楽や映像作品を気軽に見られるようになってきました。「韓国とは断交を!」という主張をしている人たちもいますが、仮に国が断交を進めたとしても、文化の流入は止められない時代になりました。

実は、かくいう私もYou Tubeを通じて、GOT7という韓国、アメリカ、香港、タイの多国籍グループにハマってしまいました。今までの人生で男性アイドルなどに興味を持ったことがなかったのに、突然です(笑)。韓国語に덕통사고(ドクトンサゴ;オタク+交通事故 突然、オタクになること)という造語があるのですが、まさにその言葉どおり交通事故のようにある日突然、沼にハマったんです。You Tube時代ならではの現象だと思います。

──えー!? そうなんですか? 文化人類学のフィールドとしてK-popを選んだのではなく、突然、恋に落ちたみたいな?

福留 GOT7は、デビュー当時は、失礼ながら見ていて言葉を失うくらい野暮ったかったのですが、メンバーが曲作りに参加するようになってから方向性が定まったようで、今や世界に認められるグループに成長しました。

メンバーの中でも特にJB(イム・ジェボム)の大ファンです。ウィスパーボイス&ハイトーンスイートボイスがすばらしく、聞く人の胸を打つ希有な歌手です(褒めすぎですね…笑)。驚異の読書量、映画好き、猫好き、クールだけどおっちょこちょい、ダンスはキレキレなのに、すぐずっこける、などなど愛さずにはいられないキャラです。

彼は「作曲マシーン」と呼ばれていまして、海外ツアーなどで、ほとんど自宅に戻る暇もないくらいなのに、今年は30曲弱、世に出しています。初期のK-popは海外から有名な作曲家の曲を買うことも多かったのですが、今やアイドルが自らハイセンスな曲を作るようになったことに隔世の感を覚えます。Defsoulという名義で作曲して歌っていますので、ぜひ極上のR&Bを聞いてみてください。

Defsoulのsoundcloudページへ
ドイツ、ベルリンの中心部にある「メルセデスベンツアレーナ」(撮影:福留友子)
「GOT7の2019年ワールドツアーの会場の1つで、私も実は先日、ライブ参戦しました。K-pop界では韓国ならではのファン文化が世界中に伝播、定着しつつあり、韓国語ネイティブではない観客が韓国語でかけ声をかけたり歌ったりと会場にいて不思議な感覚を覚えました」

──福留さんは中学高校と吹奏楽部でしたし、もともと音楽がお好きだったんですよね。

福留 はい、音楽というだけでなく、言語と音楽の関係に昔から興味がありました。深くは追究できていないのですが、そういう意味でもGOT7は私にとって魅力的です。アメリカ、香港、タイ出身のメンバーが、それぞれの母語なまりのある韓国語でラップを歌っており、唯一無二のグルーヴ感を醸し出しているんです。

平井ナタリア恵美著、パブリブ

同様の観点から、各言語特有の音素の組み合わせや韻律を楽しむべく英語圏以外のHIP HOPなどもよく聴いています。東欧のHIP HOPの最前線を紹介している平井ナタリア恵美さんの『ヒップホップ東欧』(パブリブ)という名著中の名著があるのですが、そこには「団地とHIPHOP文化の関係」など、『ハマータウンの野郎ども』(ポール・ウィリス著、熊沢誠、山田潤訳、筑摩書房)張りの社会分析も展開されており非常に面白いです。

言葉に関して言えば、仕事柄、翻訳という営為にももちろん興味がありますが、言葉と音楽の関係についても将来的に突き詰めていきたいと思っています。やっぱり言葉は面白い!

──では最後に、字幕翻訳をなさった映画で、いちばん印象的なものと魅力についてお聞かせください。

福留 吉川美奈子さん(この連載のvol.1登場のドイツ語字幕翻訳者)は、翻訳は楽しくて仕方ないとおっしゃいますが、私はとにかく苦痛で苦痛で……。翻訳している間は、原語のニュアンスをうまく伝えるべく試行錯誤して本当に苦しいんです。一度もうまく訳せたという実感がないし、訳語がハマった!という感覚もなくて、すっごく辛いんです。

──翻訳し終えてからは?

福留 自分が翻訳した作品は勉強のために、できるだけ視聴者・観客目線で再度、観るようにしていますが、後悔と反省の嵐になりますね(笑)。なので結局、作品としては楽しめなくなってしまいます。

──いちばん苦しかった映画は?

福留 最近では『ザ・キング』ですね。不良だった主人公が検察官になり、権力を手にするという一見、個人の成り上がりを描いていると思いきや、実は韓国の現代政治史を追う体裁を取っており、情報量が多く、また日本人が観ても分かりやすくするためにかなり苦労しました。

今年2019年11月公開の『国家が破産する日』も、金融関係の知識が必要で、しかもセリフの分量が多いので、簡潔で分かりやすい字幕にするのが大変でした。

来年お正月公開の『エクストリーム・ジョブ』も、セリフが多く、かつコメディーですのでテンポのよい字幕にするのに苦労しました。

麻薬捜査班が、麻薬組織を捜査するためにチキン店を開いたら、それが流行ってしまって……というドタバタ娯楽映画ですが、歴代の興行収入1位。これまで韓国でメガヒットを飛ばした映画の多くが社会問題や大きな事件を題材にしたりしていましたが、最近は、単純な娯楽映画も大ヒットを飛ばすようになってきました。

──では、福留さんオススメの韓国映画ベスト3をお願いします。

福留 あえて自分で訳した作品からのベスト1を挙げるなら、光州事件の直前1980年に公開されたイ・ジャンホ監督の『風吹く良き日』です。

地方からソウルに出てきた3人の若者の青春群像劇で、全斗煥の独裁政権時代で、公開前の検閲もあったわけですが、来たるべき民主化の波を感じられる作品だと思います。同時代の人々の閉塞感を代弁するかのように、主人公の3人の前には困難が立ちはだかりますが、それでも打破していけるような希望、爽やかな風を感じられる作品です。

日本公開は2011年6月で、残念ながらDVDにはなっていません。


そして、一鑑賞者として選ぶ韓国映画のベスト1は『子猫をお願い』です。

女性監督チョン・ジェウンのデビュー作で、2001年公開。それより少し昔の、女性を主人公にした韓国映画では*、「借り腹」とか娼婦とか、悲惨で特殊な状況におかれた女性を題材にすることが多かったのですが、『子猫をお願い』は、ごく平凡な等身大の20歳の女の子5人の青春を描いています。

今でこそ韓国も猫ブームになりましたが、当時、猫は忌み嫌われていて、私の知り合いも、猫を見ると「気持ち悪い」と泣いてしまうくらいでした。この映画でも、猫は「厄介事」の象徴でして、5人の女の子たちに問題が起きるたびに、猫がたらい回しにされるんです。

韓国は民主化を経て、女性が社会進出するようになったわけですが、まだまだ社会における女性の地位は低く、彼女たちも例外ではなく、高校を卒業するや、学歴主義や貧富の差、女性差別などに翻弄されて、友情にもヒビが入ってしまいます。同じ女性としてすごく共感した作品です。女性にとっては厳しい現実を突きつけられるような内容ですが、その一方で文字情報の演出や挿入される音楽がスタイリッシュでステキです。

2位は『はちどり』です。監督はキム・ボラさん、こちらも女性です。今年8月29日に韓国で公開されてヒットしていて、国内外の映画祭で34もの賞を取っています(2019年10月23日現在)。

私は2018年にベルリン国際映画祭で初めて見て、あまりにも気に入って韓国語のシナリオ本を買ってしまいました。 

主人公は、1994年に中2だった少女ウニ。女性なら誰もが経験したことがある生きづらさが、ウニを通して描かれています。私は「あの時のウニたちへ」というキャッチコピーにグッときました。『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳、筑摩書房)のキム・ジヨンと同じ世代の女性です。

『はちどり』は、世界中の人々の共感を呼ぶ普遍的な物語に、韓国で1994年に起きた「聖水大橋崩落事故」を絡めた重層的な構造になっています。

主人公ウニの父は、すぐに手をあげる、強権的でパターナリズムの権化のような男性。餅屋を経営していて自分に学歴がないので、息子(ウニの兄)にソウル大学に行けとプレッシャーをかける。兄はそのストレスから、妹のウニに暴力を振るう。ウニは女の子だから、親に期待も関心を持たれず、兄からの暴力も見て見ぬふりをされてしまいます。

学校でも、勉強ができず、友達もいないために居場所がなく憂うつな日々を送るウニ。違う中学に医師の息子である恋人がいたのですが、結局、家の格の違いを理由に仲を引き裂かれてしまいます。また、後輩の女の子と淡い恋の話も出てきます。ですが、決して特殊な境遇に置かれた人物を描いているわけではなく、家庭や学校で誰もが経験したことのあるような息苦しさが各場面から伝わってきて、共感を覚えずにはいられません。

そんな希望のない日々を送るウニが、唯一のお稽古事で通っている漢文教室で、ある女の先生に出会います。その先生に「誰にも殴られてはいけない、たたかっていかなければいけない」と言われ、ウニは家庭や学校の外の社会を意識するようになり、開かれた社会に一歩踏み出す勇気を得るんです。

一方で、父は父らしく威厳をもち立派な子孫を世に送り出すことを強いられ、長男はいい大学を出て社会的な成功を収めることを強いられるなど、男性もパターナリズムの犠牲者だという意図が読み取れる点も、私は共感できました。

学生時代の私は父系親族組織の研究をしていたわけですが、理論研究なので仕方がないとはいえ、マクロな視点でしか韓国社会を見ていなかったなと感じました。むしろ、家庭や小さなコミュニティを対象にフィールドワークをしていれば、韓国社会をダイナミックな視点で分析できたのではないかと今さらながら思っています。冒頭の話に戻りますが、そうすれば、女性として家父長制の問題に切り込むアクチュアルな研究ができたかもしれません(そのようなアプローチの善し悪しは別として)。

奇しくも今回挙げた私の好きな映画は、両方とも女性監督による女性を主人公にした作品です。このところ、すっかり女性問題に疎くなっていましたが、最近の韓国の女性文学や女性映画を通じて、いろいろ気づかされることが多く、これからも注目していきたいと思っています。

──雑誌「文藝」が異例の増刷をして単行本化するなど(『完全版 韓国・フェミニズム・ 日本』斎藤真理子責任編集、河出書房新社)、韓国文学とフェミニズムが日本の出版界でも話題になっています。「嫌韓」と言われながら、同時に韓国文化が多くの人の共感を得ている背後には、映画、ドラマ、音楽など、様々なパワーがシンクロしているのだとお話しを伺って改めて感じました。ありがとうございました。

(取材・構成 大橋由香子)
取材を終えて ひとりごと

DVDを貸してくれる友だちの好意にも、仕事で接する若者たちの熱烈勧誘にも関わらず、韓流ドラマにもK-popにもハマってない。学生の時、第3外国語で「ハングル語」を選択し辞書まで買ったのになあ……と、ナマケモノ体質を痛感。

そんな私が、期限切れになっていたパスポートを新たに申請して韓国を訪れたのは、福留さんのインタビューの影響もあるかも(私も小学生のとき、あの『ユンボギの日記』を読んだのに、ハングルの面白さには気づかなかった無念)。

お互いの国を訪れる観光客激減という日韓関係が冷却した2019年。ちょうど100年前の1919年は、朝鮮半島(今の北朝鮮と韓国)で3.1独立運動が起きた年だった。独立を求めて人々が万歳を叫んだということだが、何からの独立かといえば、日本の植民地支配からである。

というわけで、紅葉が美しいソウル近辺、3.1独立運動に関わる場所を訪れた。

孝昌園にある独立運動の三義士のうち(右から)尹奉吉、李奉昌のお墓と、安重根の仮墓。
独立宣言書の初版を印刷した普成社(ポソンサ)の跡地は、曹渓寺(ジョゲサ)になっている。

2018年8月にソウルにオープンした 「植民地歴史博物館」は、韓国と日本の市民によって建てられた博物館。

欧米列強に倣って、自らも帝国主義として近隣諸国を植民地として支配していった日本が、朝鮮半島で何をしてきたのか、物語るモノや写真が展示されている。

例えば、日清戦争を素材としたすごろくゲーム「征清海陸進軍双六」(1894)の振り出しは、陸軍は広島から、海軍は長崎から。朝鮮半島と周辺の海が戦場になり、先に北京に到着したほうが勝ち、というもの。色々と考えさせられる。

1945年の解放後、アメリカ統治や南北分断を経て、植民地支配に協力した「親日派」が一掃されず、韓国社会での軍事独裁政権が続いた。『親日人名事典』に関する展示もある。展示物の解説はハングルだが、ちょうど日本語版ガイドブックが10月に刊行されたところ、ラッキー。

ソウルから南へ。忠清南道には柳寛順烈士記念館がある。

柳寛順の銅像を訪れる祖父母と孫らしき韓国人。

2019年に韓国で公開された『抗拒:柳寛順物語』(チョ・ミンホ監督)は、彼女を描いた映画だ。梨花女子高の学生だった柳寛順は、3.1独立運動のあと休校になったため、独立宣言を携えて故郷に戻った。そこで、アウネ市場での独立万歳運動を担うことになる。警察に捕えられ、拷問によって17歳で獄死したとされる。

家族づれも多く、子どもたちも柳寛順を描いた映像や銅像に親しんでいる。

堤岩里3.1運動殉国記念館

フランク・スコフィールドの像

華城(ファソン)には、「堤岩里3.1運動殉国記念館」がある。独立万歳を叫ぶ地元の成人男性を、ここにあったキリスト教の教会に閉じ込めて銃殺し火を放った。建て直された教会に記念館があり、この事実を世界に伝えたカナダの宣教師フランク・スコフィールドの像もある。車で移動するとマークされるため、自転車でこの地に駆けつけたそうだ。

3.1独立運動と聞くと、思い出す名前がある。それは、金マリア。むかし通っていた学校で、校長先生がよく口にしていた名前だ。先生の発音が「キム」だったか「キン」だったか記憶は曖昧だし、韓国の人なのになぜマリア? アヴェ・マリアと姉妹? など疑問だったが、「すごいことをした女性」ということだけは伝わってきた。

彼女が独立運動で何をしたのか、その後どのような人生を送ったのか。今回の旅で、謎を解く入り口に出会えた。

それにしても、他国・多民族を植民地化する帝国主義とはなんぞや。レーニンに先駆けて書いた、幸徳秋水の書物をひもといてみよう。

(写真撮影:大橋由香子)

二十世紀の怪物 帝国主義
二十世紀の怪物 帝国主義
幸徳秋水   
山田博雄 訳  

大橋由香子(おおはし ゆかこ) プロフィール
フリーライター・編集者。月刊「翻訳の世界」(バベル・プレス)やムック「翻訳事典」(アルク)等で翻訳者へのインタビュー取材を手がけてきた。光文社古典新訳文庫の創設時スタッフでもある。著書『同時通訳者 鳥飼玖美子』『生命科学者 中村桂子』(理論社)『満心愛の人 益富鶯子と古謝トヨ子:フィリピン引き揚げ孤児と育ての親』(インパクト出版会)『異文化から学ぶ文章表現塾』(新水社、共著)ほか。