今年生誕200年を迎えるドストエフスキー。ドストエフスキーと言えば、『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』など、長編作品がとくに有名ですが、今回取り上げる『地下室の手記』は、作家デビュー後に体験した十年余りのシベリア流刑から戻って発表した作品であり、その後の5大長編群へのプレリュードとして極めて重要な意味を持つ作品です。主人公は、世間から蔑まれ、虫けらのように扱われた中年の元小官吏。自分を笑った世界を笑い返すため、自意識という「地下室」に引きこもり、世の中を憎み、怒り、呪い、攻撃し、そして後悔の念からもがく男のモノローグです。自意識過剰、猜疑心、嫉妬深さ、人一倍高いプライド、強い独占欲……。ここにあるのは、終わりなき絶望と戦い、人生の孤独や痛みを突き抜けた何かに希望を託そうとする必死の心の叫びです。
人との“つながり”が強要されるかのような窮屈ないまの時代だからこそ、この「地下室」の住人のリアリティがより実感されると思います。今回は、この“まったく親近感の湧きそうにない”主人公を通して作品の魅力について訳者の安岡さんに語ってもらいます。
(聞き手:光文社古典新訳文庫・創刊編集長 駒井稔)