1924年に20歳の若さでこの世を去ったフランスの作家ラディゲは、生涯『肉体の悪魔』と遺作『ドルジェル伯の舞踏会』の2つの長篇を残しました。濃密な官能性と反社会性をまとった『肉体の悪魔』とは対照的に、同様に「道ならぬ恋」を主題にしつつも、貞操観念の強い古風な人妻をヒロインとした『ドルジェル伯の舞踏会』は、その精緻な心理描写と端正な文体で大好評を得ました。当代きっての批評家アルベール・チボーデは、作中人物たちの心の動きをチェスにたとえ、「象牙の駒と駒がぶつか乾いた音」が聞こえるようだと評しています。まさに、フランス心理恋愛小説の伝統の最高到達点といえる作品です。
そんな『ドルジェル伯の舞踏会』は日本でも多くの翻訳で愛されてきましたが、これまでの邦訳はすべて、ラディゲの友人であるコクトーらがラディゲの死後に修正を加えた「初版」から訳されたものでした。これに対し、今回の新訳は日本で初めて、ラディゲ本人が承知していた本作の最終的な姿(「最終形」)に基づく批評校訂版を底本としています。両者にはどのような違いがあり、その違いは何を意味しているのでしょうか。一人の天才とその仲間たち、そして彼の遺作がたどった数奇な運命を、本書を翻訳された渋谷豊さんにたっぷり語っていただきます。
(聞き手:光文社古典新訳文庫・創刊編集長 駒井稔)