全編「今は昔」で始まる『今昔物語集』については、教科書にも載っていますからみなさんご存知だと思います。本作品は、天竺(インド)・震旦(中国)・本朝(日本)の三部で構成されていて、合わせて一千余話あるものですが、今回は91話を厳選収録しました。
仏教説話というジャンルですから、抹香臭いお行儀の良い話が集められているかといえば、大違い。この世のありとあらゆる人間の「業」にまつわる話、エロ話や下世話な話、有名人の噂にスキャンダルなど、面白い話が目白押しなのです。もちろん、因果応報を説いた有難い話もたくさんあります。つまり、偉い人も僧侶も武士も、そして下々の民も、ひと皮むけば“ただの人間”。欲もあれば邪心もあり、そして悪行もありで……。そんな平安時代末期の民衆や勃興する武士たち、人間味あふれる貴族、僧侶らの姿がじつにリアルに描かれているのです。本作をもとに作られた作品も多く、能『道成寺』や芥川龍之介の「鼻」「羅生門」が有名ですが、その芥川曰く、人間の「美しい生ま々々しさ」に満ちているこの『今昔物語集』の魅力について、訳者の大岡玲先生に語っていただきます。また、誰が書いた(編纂した)のか、未詳の作者像にも迫りながら、説話文学の魅力についても語っていただきます。
(聞き手:光文社古典新訳文庫・創刊編集長 駒井稔)