古典新訳文庫の数あるラインナップのなかでも“異色”とも言えるのが、このブラジル文学の古典、『ブラス・クーバスの死後の回想』です。ブラジルの文学百選を募ると、必ず上位に入り、同じ作者の『ドン・カズムッホ』とともに首位を争うこともあるというメジャーな作品なのですが、作者のマシャード・ジ・アシスは、残念ながら日本のみならず世界においても、作品の高い質にふさわしい知名度を獲得していません。ポルトガル語で書かれているのがその大きな理由です。それでも、複数の高名な批評家が世界の重要な作家に挙げていて、特にスーザン・ソンタグはあるインタビューで、「19世紀の主要な作家の一人、ラテンアメリカ最高の作家だ」と称賛しています。
死んでから作家となった書き手が、自らの人生で起きた出来事をつづる。カバにさらわれ、始原の世紀へとさかのぼった書き手がそこで見たものは......。とんでもなくもおかしい、かなしくも心いやされる物語で、ありふれた「不倫話」のなかに、読者をたぶらかすさまざまな仕掛けが施されています。160もの比較的短い章(断片)で構成され、章の一つ一つで主人公の人生のある局面が描かれます。物語の設定や奇抜な構成から“実験小説”のように思われるかもしれませんが、ではこの手法を作者はどのようにして生み出したのか。また、そこに込められている意図は何か。今回の読書会では、ブラジルという国、文化のふところの深さも含めて、本作品の魅力を訳者の武田千香さんにたっぷりと語っていただきます。
(聞き手:光文社古典新訳文庫・創刊編集長 駒井稔)