「マゾ」あるいは「ドM」という言葉は気軽に使うことも多いと思いますが、その元の言葉「マゾヒズム」が生まれた経緯はあまり知られていません。語源となったのはレンベルク(当時はオーストリア帝国領、現在はウクライナのリヴィウ)で生まれた作家ザッハー゠マゾッホ。彼の作品でたびたび描かれる「男性が美女にいたぶられて歓喜するありさまや気持ち」に対して、精神医学者クラフト゠エビングがマゾッホの存命中(!)に、「マゾヒズム」と名付けたのでした。
派生概念の方が有名になってしまったザッハー゠マゾッホの代表作『毛皮を着たヴィーナス』を読むと、なるほど、そこで描かれているのは頭でっかちな青年が女王ヴァンダにムチで打たれたり、縄で縛られたり、放置されたりする物語。ところが、そんなステレオタイプな場面にもそうでない場面にも、「マゾヒズム」という語から連想される快楽的なものを超えて、読み取れるものが大変に多いのです。マゾの側の方が実は関係性を支配していることから、人生とはロールプレイにすぎないのだということまで、あるいは『毛皮を着たヴィーナス』と比べることで見えてくる西洋の近代文学の系譜……。特殊な関係に至った二人を通して見えてくるものは、多岐にわたります。この快楽の物語に秘められた奥深さについて、本書を翻訳された許光俊さんにたっぷり語っていただきます。
(聞き手:光文社古典新訳文庫・創刊編集長 駒井稔)