「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」今回取り上げるのは、このあまりにも有名な冒頭の段で知られる『枕草子』の新訳です。この「春はあけぼの」の出だしはほとんどの人が知っている(学校で習った)と思いますが、三百以上ある全部を読んだことのある人はそうはいないでしょう。文学史的には、『方丈記』『徒然草』とならび日本三大随筆の一つに挙げられる平安朝文学を代表する随筆です。
NHK大河ドラマ『光る君へ』の主人公まひろのモデルである紫式部と同時代を生き、才女でライバルとも呼ばれた清少納言は、物語ではなく随筆のかたちで宮廷生活のさまざまな一面を切り取りました。栄華を誇った中宮定子を支えた“ベテラン女房”らしい、優れた感性と鋭いまなざし(人間にも自然にも)ですくい取った数々の「いとをかし」。なかには今なら炎上必至の(?)の痛烈な悪口もあります。『桃尻語訳 枕草子』(橋本治訳)の衝撃は今でも鮮明ですが、今回の新訳では好奇心旺盛で進取の精神に富んだ女房である清少納言らしさはもちろん、定子サロンの自由な雰囲気も表れていると思います。
今回の読書会では、「清少納言は当時最高のコメディエンヌ」と評する訳者の佐々木和歌子さんをお迎えして、『枕草子』の魅力と読みどころと、訳文の工夫についても語っていただきます。
(聞き手:光文社古典新訳文庫・創刊編集長 駒井稔)